SSブログ

お盆の読書 モータースポーツに不向きな会社? [モータースポーツ]

 今年のお盆休みに借りてきた本。

025.jpg

 青木慧の「福沢幸雄事件 トヨタを告発する」(汐文社 1979年10月刊)と中部博の「光の国のグランプリ ワールド・ソーラー・チャレンジ」(集英社 1994年8月刊)です。 これに鎌田慧の「自動車絶望工場」(現代史出版会 1973年刊)を加えると、3大トヨタバッシング本のラインナップが完成するという凄まじいチョイスです。 どうした、俺?! 

 「福沢幸雄事件」は、学生の頃に県立図書館の新刊コーナーに入っていたものを、ちらちらとつまみ読みしていて、図解やイラストが豊富で福沢の事故を詳細に追ったドキュメントだったので、改めてきちんと読み返したいと思ったからです。 で、トヨタバッシング本のついでで、「光の国の・・・」も合わせて読んでみようということに。 こちらは表向きはHONDAマンセー著者によるHONDAスゴい!本の体裁を取りながら、サブリミナルでトヨタ攻撃をしている本で、やはり新刊で出たときに『ここまでやるか?』と印象に残っていたもの。 青木の著書が直接的に「トヨタを告発する」と堂々と問題提起しているのに対し、いくら中部がホンダ派の作家だからと行ってナゼここまで回りくどくするのかと言うことが気になっていて、このたびじっくりと読んでみよう思ったのです。


 まず、「福沢幸雄事件」。 これは1969年(昭和44年)2月12日にヤマハのテストコースで事故死した福沢幸雄の事件のあらましと真相を、10年以上にわたる裁判記録の解読と関係者の証言によって一つ一つ紐解いていったものです。 本書は2部構成となっており、第1部は事故の顛末とトヨタ関係者の不可解な行動の一つ一つを検証し、事件の真相究明を問うたものであり、第2部は福沢幸雄の生い立ちを彼の両親(福沢諭吉を祖父に持つ父 進太郎とギリシャ出身の声楽家である母 アクリヴィ)のルーツにまで求めて紹介している。 この両親の出自を知ることにより、我々は何故 家族がトヨタという巨大な会社と長年にわたって民事裁判を戦い抜けたかを知ることが出来るのです。(福沢の事件のあと、トヨタターボ7で落命した河合稔の遺族はすんなり和解に応じたとされる) 

 福沢事件におけるトヨタ側の一連の証拠隠滅工作と静岡県警との癒着が疑われる行動は事故直後から既に幾多のマスコミが報じており、モータースポーツに興味がある人なら一度は聞いたことがあるだろう。 本書は当日 幸雄がドライブした改造トヨタ7の構造の問題点、レースを知らないトップによる無理筋の開発計画や一連の不可解な事故処理、すべてをドライバーの運転ミスと結論づけたトヨタ側の主張の矛盾を一つずつ論破しており、さらにはそのような行動にトヨタを突き動かした当時の(日産の後塵を拝し続けた)トヨタの焦りを、(本書が書かれた時代としては驚くべき先進的な)PL(製造者責任)意識の欠如という観点にまで関連付けて説明している。 

 そして、この理不尽な裁判(刑事事件としては検察審査会による不起訴不当の評決が出たにもかかわらず捜査続行が不可能だったので、民事裁判としてトヨタとヤマハの責任を争っている)を終結させるために、新たな協力者を求めて筆を置かれている。 事実、本書の奥付に青木は自身の連絡先の電話番号を明記しているのだ。 読後、著者の情熱に感服せざるを得ないという一冊となっていました。

 さて、この裁判の結末はどうなったのかな?とウィキペディアを調べると、わずか数行の結果が載っているだけでした。 てっきり、詳細な裁判記録がゴテゴテと書き連ねてあるのかと思ってたので拍子抜けした次第です。 これもトヨタの”ネット対策課”の陰謀か? その裁判結果も脚注を見ると、裁判記録からでも新聞記事からでもなく、一冊のモータースポーツ関連本からの引用でしかなくて、二度ビックリです。

026.jpg

 その福沢幸雄裁判の顛末が書かれているのが、「レーサーの死」(黒井尚志著 双葉社 2006年4月刊)でした。 あ、持ってるじゃんこの本。 ということで、もう一度 福沢幸雄裁判の項を読み返す。 本書によると1980年の秋に東京地方裁判所の和解勧告が出て、翌1981年4月30日に和解が成立する。 和解金は9,700万円の損害賠償請求に対し6,100万円だったという。 和解が成立したといっても被告側はテスト車の欠陥を認めたわけではないし、ましてや”事故の原因は幸雄の運転ミス”とした結論を翻したわけでもない。 和解を受け、父親の進太郎は「精根尽き果てた」とマスコミに語ったという。 さすがに個人が裁判を戦うには、あまりにも時間がかかりすぎたということか。 しかし、和解成立において、青木の渾身の著書が少なからず影響を与えたはずだと私は思う。 大手マスコミが忘れ去った、孤軍奮闘する福沢ファミリーに再び脚光を与えたのだから。

 なお、「レーサーの死」からの引用ですが、幸雄の父 進太郎は1995年の2月に心不全で、母のアクリヴィは2011年の12月に亡くなったそうです。 奇しくもアクリヴィの訃報を伝える新聞には、トヨタのF1参戦記者会見の模様が大々的に掲載されていたとのことです。 息子を奪ったトヨタを心の底から恨んでいたという母親の訃報は、毎年ウン百億円をかけて1勝も出来なかった身分不相応の巨大プロジェクトの多難な船出を暗示していたのかも知れません。


 「光の国のグランプリ」は1993年に開催された、ソーラーカーによる豪州大陸縦断レースである、第3回ワールド・ソーラー・チャレンジに参戦したホンダチームの活躍を詳細にリポートした一編です。 読後はきっと、知恵と勇気とチャレンジスピリットに溢れたホンダチームの活躍に魅了されることでしょう。 そして同じくチャレンジ精神旺盛な幾多のホンダの競争相手達や、素晴らしいレースを運営するオーガナイザーにも きっと賞賛を送りたくなるでしょう。 一方で、あら不思議。 同じレースに参戦したホンダ以外の日本の自動車メーカーの情けなさや卑劣さに怒りを覚えることでしょう。 本編中、そのメーカーのことはどこにも触れられていないにもかかわらず です。

 まず作者の中部博は、典型的なホンダサイドのライターです。 彼の名誉のために断っておくと、彼自身は、トヨタがF1参戦中に提灯持ち記事を量産していた某大物古参記者とは違って、単純にホンダのファンだということ。 記事の そこかしこにホンダ愛がこぼれ落ちていても、それは仕方ない。 でも、だからといって名指しせずに、そして具体的な証拠も示さずに、当事者の言い分も掲載せずに一方的に批判するのはどうしてでしょうか?

 一応、レース前には”HONDA以外の日本メーカー”にも取材はしていますが、彼らがあからさまなスパイ行為をしていたとか、ライバルチームのバッテリーを盗んだとか、特に証拠も示さずに(具体的にどこのメーカーとも言及せず)非難しています。 また、本編の全然関係ないところで、ある日本メーカーのレース前のコメントを揶揄して、チャレンジ精神のかけらもないと こき下ろしています。 そして、レース中のレポートでは両者の活躍にはほとんど触れていません。 日産はわずか4行、トヨタにいたってはレース中の活躍は全く報じていないばかりか、参戦車両の写真さえ載せていません。(表紙カラーカバーのスタート時の映像に映っているだけ)

 そして、レース終盤に早稲田の学生チームを執拗に妨害する謎のクルマについては詳細にリポートしています。 そのクルマは日本メーカーの関係者だと(具体的な証拠はどこから来ているのか不明)決めつけ、2日間にわたって妨害を繰り返した後、腹を据えかねたオーガナイザーが直接 そのチームに説教に行くと、翌日から妨害はなくなったとしています。 ここで、よっぽどぼんやりした読者でない限り、その日本チームとはトヨタのことを示唆しているとわかるようになっています。(くどいようですが、一言もトヨタの仕業とは言っていません)

 ここで疑問なのは、何故 具体的にトヨタの仕業って糾弾しなかったのでしょうか? 証拠があるなら それを示せばいいじゃないですか。 オーガナイザーが妨害を止めるように注意したというなら、そのときのトヨタ側の反応を具体的に書けばいいじゃないですか。 たとえ、トヨタ側が『いえ、うちはそんなことやっていません』と言ったとしても、それを書けばいいじゃないですか? それが公平なジャーナリズムでないかえ? この本を最初に読んだときからの、ずっと心に引っかかってる疑問がそれでした。 先の青木慧の姿勢とはあまりにも対極にあるので、長年、もやもやとしていたのですが、後年、この作者の別の本を読んで、”ああ、これがこの人のスタイルであり美学なんだな”と得心したことがありました。

027.jpg

 それが、「炎上 1974年富士・史上最大のレース事故」(文藝春秋 2012年4月刊)です。 これは、74年の富士GCシリーズ第2戦のスタート直後に発生した多重クラッシュで、鈴木誠一と風戸裕が事故死した事件の顛末を詳細にレポートした作者渾身の一作です。 私も本書を読むまで気づかなかったのですが、同一レースの一つの事故でレーサーが2名 命を落としたのは、モータースポーツ史上においても この事故だけなのだそうだ。 本編が350ページ以上もあるが、関係者の生々しい証言や、当時の事故に至る時代背景を詳細に描き、非常に読み応えのある作品である。 ある のだが、  ここでもやはり私は、作者の恣意的な誘導に戸惑いを感じざるを得なかった。

 この作品のクライマックスでは、事故発生のきっかけとなった二人のドライバーへのインタビューがなされるのだが、北野元に対しては 今でも事故のことを悔やみ、亡くなったドライバーに思いははせる人間的な一面を強調しつつ、もう一方の主役である 黒沢元治に対しては どこか他人事のように感じている無表情な男として描いているのだ。 結果的に作者は読者に対して、どちらにいっそうの非があるのか印象づけようと誘導しているように感じるのだ。(これらはあくまでも私の読後の感想です)

 このように、中部には直接的な指摘は控えながらも、行間で読者を誘導するというスタイルを好んでいるのではないか? それがこの人のジャーナリズム上の美学となっているのではないかということです。 一方で、書きたくても書けなかった事情もあったかも知れません。 「光の国の・・」は小学館という大きな出版社から刊行されています。 90年中期には確かにソーラーカーブームということもあって、小学館のBE-PALからも参加車両が出ています。 小学館がバックについて刊行されたようですが、やはり小学館筋からスポンサーとなるトヨタ・日産の名指しは止めてくれと言う要請があって、泣く泣くこのスタイルになったのかも。 幸い、トヨタ関係者はこの本の意図に気づいてなかったらしく、トヨタ社員向けの図書館にこの本が堂々と鎮座していたとトヨタの先輩から聞いたときには笑いが止まりませんでした。

 さて、当時はソーラーカーがブームだったと書きましたが、このときは今のようなSDGsでもCNでもなくて、単なる石油枯渇対策として研究されていました。(燃料電池も同様) ただし、当時の研究者達でさえ、太陽電池やバッテリーの劇的な性能向上が見込めないため、ソーラーカーが代替エネルギー車の主役となることはないと判断していました。 今じゃ、どのメーカーも(マスコミを代表とする世論も)、BEVの開発にしのぎを削っています。 このワールド・ソーラー・チャレンジのこともすっかり聞く機会がなくなったので、とうの昔に廃止されてんだろうなと思って調べてみると、なんと今でも続いているじゃありませんか! 今ではコンペティターの主役はメーカーから研究機関や大学に移り、ソーラーカーの性能向上によって太陽電池面積の縮小などレギュレーションも色々と変わりながらも、現在も継続して開催され続けているそうです。 


 さて、総括です。 はたして、この2冊に書かれたことは真実なのか? 私は、「福沢幸雄事件」は ほぼすべて真実。 「光の国」は、学生への妨害はあまりにもリスクが大きいので??ですが、それ以外はやっぱりほぼ真実かなぁと思います。 今でこそトヨタはモータースポーツに熱心な会社と言われていますが、それは本当にここ数年のこと、これらの本が書かれた当時のトヨタさんは、必ずしもモータースポーツに熱心ではなかったし、レース屋としての技術も勘所も持ち合わせていなかったと思います。 これは、トヨタの能力的・体質的な側面。

 それから、当時の時代背景的な側面としては、特に福沢の事故が起こった当時は企業モラルが今ほど問われていなかったという側面もあるでしょう。 例えば銀幕の世界では、田宮次郎の「黒の試走車」「あの試走車を狙え」や植木等の「日本一のゴマすり男」などで描かれたように、企業スパイなんてやってて当たり前だと世間から思われてたということもあります。 実際に販売競争に明け暮れていて、少々手段を選ばない強引なやり口が当たり前に行われていたのでしょう。 そう、今は国内販売はトヨタ1強ですが、前世紀はトヨタ×日産×ホンダ×以下略の販売競争は、まだ”競争”と言われるくらい混沌としていました。 何かのきっかけでシェアが逆転するというのは当然でした。

 最後にトヨタの地理的な側面。 都会的な日産やホンダと違い、所詮トヨタは三河の田舎財閥。 中央から離れたところで王国を築いていたトヨタ(と、その社員)が世間の風潮からはかけ離れた価値観で行動していたという側面もあるのでしょうね。 これは、ライターさん達も同じで、”三河の田舎企業が何を偉そうに”と思って 告発に踏み切りやすい環境にあったのかも。

 本当にかつてのトヨタさんはモータースポーツ音痴でしたが、今では理不尽な性能調整をかけられたり、モータースポーツで地域振興!をマジパネェレベルで実践していたり、モータースポーツと次世代エネルギー車の両立を目に見えるカタチで行っていたりと、まさに現代と近未来のモータースポーツにおいて欠くことの出来ない存在となっています。 本当に面白いというか、なんというか。 モリゾウさんは車両故障でクラッシュした自社のドライバーへねぎらいの言葉をかけるを忘れませんが、是非、福沢と川合の名誉回復をしてほしいものです。(それからもし事実だったら早稲田への謝罪も) たぶん、みんな怒らないよ、もう。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。